2007.08.26.Sun

それでも感想を書こうと思ったのは、言葉の壁を越えてスゴイと思わせる何かが、やっぱりあったから。
まずはセット!
舞台は幕(どん帳から横幕まですべて)を取り払い、板全体〜横幕があったとしたら本来はそこに隠れている部分も、そして舞台袖奥の壁に至るまで砂が敷き詰められていて、観客席からは、「舞台を観ている」というより、「砂丘を見ている」状態。
場内に入ったとたん、この光景にまず圧倒されます。
今まで見たどの舞台よりも、斬新かつ大胆なセット。
セット・チェンジはなく、主演のフィオナは腰まで砂丘に嵌ったまま、独白を続けます。(2幕では肩まで埋もれる)
カーテン・コールも砂丘上。
思えばベケットは、身体の自由が奪われた状態(Playではツボにはまってる)で、登場人物がしゃべり倒す作品が多い。(って2つしか知らんけど)
出てくる単語から察するに、話す内容は“Play”同様ループしていて、もはや内容ではなく“しゃべり続けること”に目的がある。
それこそしゃべり続けなきゃ「頭のてっぺんまで砂に埋まってしまう」という強迫観念に駆られて、口が勝手に動いているような。

そんな独特の作品で、フィオナはやっぱりやってくれました!
『ブラック・ダリア』も最後の独白で映画全体をさらいましたが、今回もあの時に通じる狂気が垣間見えましたよ。
1人で高笑いしたり、しゃべり疲れてふと素が覗く瞬間もまた独特の間を醸し出していて。
私の期待していた類の彼女の演技が見られたので、内容は分からなかったけど正直満足(笑)
ところで彼女の夫?恋人?……その役どころすら掴みかねた、マイペースで行動も不思議なウィリーは、一体何を象徴する存在だったのだろう…?
無関心そのもの?

