人生はキャバレー!何でもありよー!っていうのを、
ある意味で一番体現していたかもしれない(笑)
他の2演出とは全く
物差しが違うというか、
松尾スズキワールドでした。
「キャバレー」という囲いの中で、世界中のどの演出よりも
遊んでいるのは確か。
ストーリーや曲は
「Cabaret」だけど、
お米券とか
パイナポーとか
ドッキリ大成功―!とか、細かい脚本(セリフ)は、もういちいち内輪(日本)ウケ。
間の取り方から、ひいてはシーンの意味まで違ってくるような演出の数々。
セットや衣装も
カラフルで、
ジャジーでダークなイメージはどこへやら。
実は3演出の中で一番お金かかってるかも。
フランス版は
「キャバレーらしさ」にお金をかけていたけど、日本版は
独自ネタにコスト使ってる感じです。
「Money」の
各国通貨の衣装&セットなんて、一瞬しか出ないのに豪華だったし(苦笑)
「プロデューサーズ」の劇中劇、
「ヒトラーの春」に出てくる、
ビールや
プレッツェルに匹敵するバカバカしさ(笑)

配役された俳優のイメージも、それぞれ欧米版とは別物。
特に
サリー、MC、シュナイダー、シュルツは(ってメインほぼ全員じゃん)、別人だわさ(笑)
クリフくらいかな、どこの国でもあまり変わらないのは。
クリフの個性がハジケないのは、舞台上で唯一ノーマルでなければならないから。
とはいえ
森山君のクリフは、演出が演出だから、ノリツッコミとかやらされてたけど(笑)
絶対に欧米人には出来ない演出だと思うので、これはこれで貴重かも。
なぜあえて、
松尾スズキが「キャバレー」なのか?っていうのは、ロジックで考えると謎ではあるけど、本人が好きでやりたいってんならもう、それで理由になっちゃうんだろう。
言葉で伝えるのがすごく難しいなぁ、これ。
「大人計画」の舞台を観たことある人には、分かっていただけるのだろうけど。
というか、普段からそっち見ている人にとっては、
松尾節が中途半端という説も。
でもこれだけ完成された演目を、これだけ壊すのも、結構大変だと思う。
演出の細かいところまで契約に込められた正統派輸入ミュージカルは、出来るだけ本家に忠実に作ってしまうし、縛りのユルイ契約または来日公演だと、本公演に追随する廉価版みたいになっちゃう。
ここまで確立した演目を、お金を使って壊すには、
もうひとつの強烈な個性をぶつけるしかないんだよね。
ビッグバンみたいに。

各所にミニコントが繰り出され過ぎて、
ラスト重唱のシリアスさとか、
ナチスの登場が浮いているような感はあったけど、そのアンバランスさも含めて、
「松尾スズキのキャバレー」なのかなと。
ヨーロッパの舞台でナチスが出て来た時の過敏な反応(今度別の演目で触れますが、場合によっては観客の反応が本当に顕著)とはまた違う、
「気まずい空気」は、日本ならでは?
映画や海外での舞台をまったく観ずに、
初めて日本版の舞台を見た人に残るもの、印象ってどうなんだろう?と、ちょっと興味あります。
ストーリーそのものも残るのかな?それともコントが?意味不明なネコの着ぐるみが?
あっちなみに歌詞の訳はムリに直訳ではなく、オリジナリティが勝っているためか、そんなに違和感なかったです。
オープニングは
「ヴぃるこーめん、ようこそ〜、うぇーるかーむ♪」になっていたので、真ん中の
フランス語が淘汰されていました。
まっ確かに日本語突っ込むなら、そこしかないわ(笑)
結果として
「キャバレー」という素材を、
活かしたのか殺したかは分からん……むしろ
松尾スズキが
返り討ちに遭ったのかもしれないし。
でも
中途半端に本場に倣った舞台が一番見苦しい気もするので、そういうのは無くて良かった。
松尾演出でそんな普通の見せられたら、発狂しちゃう。